☆まめこまめ・2011春☆


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618g*超未熟児出産体験記(2)

2005年4月2日<入院生活はじまる>

運ばれた部屋は6人部屋。3人並びの真ん中だった。
トイレと食事以外は寝たきり。
私の病名は「子宮頚管無力症」。
子宮頚管が胎児の重さをささえきれず
開いてきてしまうというもの。
まだたったの500gくらいなのに。
情けない頚管め。
このままでは危ないので数日様子をみて
子宮頚管縫縮術をすることになった。
ただし、手術をすることによって刺激となり
分娩に進む可能性もあるとのこと。
でも、何もしないよりはと手術を望んだ。
成功して経過がよければ地元の病院への転院も
考えられると聞き、やる気まんまん。


2005年4月6日<子宮頚管縫縮術・21週>

いわゆる子宮口をしばる手術。
半身麻酔で手術台へ。手術してるのがわかって気持ちわるい。
ずっと吐きっぱなしで、麻酔科のお姉さんが
だきしめてくれていた。終わって手術室を出ると
駆けつけてきてくれた両親と義母をみつける。
とりあえずVサインをしたつもりが指がうまく開けなかった。
どうかうまく子宮口が締まりますように。

その後の検査で特に開いてきている様子もなかったので
車椅子で運ばれていたトイレに歩いていっていいことに。
ほんの10メートルくらいの距離だが
歩けるのがうれしくってうれしくって
トイレにばっかり行っていた。
その帰り道、ふとみたナースステーションで
「死産証明書」なるペーパーを目撃してしまう。
怖かった。


2005年4月10日<悪化>

朝の検診。ちょっとだけ経過が良くなっていたので
いつもなら待たずに一番に診てもらっていたが、
待ち合いで待つ事に。入院して初めて他の人と話した。
2人いて、一人は7ヶ月での前期破水と
もう一人は8ヶ月で全置胎盤。
それぞれ症状は違うものの、話をしていて心強かった。

いつもの診察台へ。
先生の顔が曇る。
縛った所から風船みたいに胎胞がでてきているらしい。
安静度急上昇。楽しかったトイレへのおでかけもおしまい。
ベッドの足側を高くした状態で寝たきり。
軽い逆さ吊りみたいな感じ。
トイレは簡易トイレをカーテン内に設置。
両脇に人がいるんですけど...
ゴハンの時も起きてはいけないという。
週末以外はなかなか来れない旦那。
どうやってゴハン食べるの...?

その頃右となりのベットに産後のママが入ってきた。
満期産のママで幸せいっぱいの声が一日中響いてきた。
ひくつになるような性分ではないが、
いつかああなってやると心に誓った。


2005年4月某日<ブルー炸裂>

特に落ち込むことなくやっているつもりだったが、
大泣きした。それというのも朝の検診の時のこと。
担当の先生がなかなか朝の検診で診てくれなかった。
大きい病院だし忙しいんだな~と思いつつ、
その日の担当の先生に今後のことを聞いてみた。そ
の返事が半分笑ったように、
「担当の先生に聞いてないの?
僕に聞かれてもなぁ...へへ」って感じで。
なんだかショックだった。不安な気持ちがあふれだして
部屋に帰って泣いてしまった。
いつもなら「なにさ!」って思い返せるのに
へこたれてる自分がなおさら嫌だった。
これがマタニティブルーみたいな感じなのかも?
と思いつつとまらない。

すると向かいの産後間もない3人目ベテランママが
お花をもって訪ねてきてくれた。
とっても優しい人でどこの誰か、
もはやわからないけど、お礼が言いたい。


2005年4月13日<22週越え>

今日は担当の先生の検診。
22週越えたところで、よくここまでがんばったねと
言ってもらった。生存率は0%ではなくなったとのこと。
でもまだまだ小さいしもうちょっとがんばろうね、
このままうちの病院で元気な赤ちゃん産もうねと言われる。
もう、地元に帰る望みはなくなっていたので
元気よく「がんばります!」と答えた。


2005年4月20日<出血!?・23週>

朝目覚めると、なんか変?
手をあててみるとベットに血が!
そして子宮の張り止めの点滴が外れてる!
寝相がそんなに悪かったのか!
はたまた昨日入れ直した点滴に問題があったのか!?

今日も担当の先生。特に問題ないとのこと。
出血もひどくなく止まった。ホッ。
ここまできたらあと1週間がんばろうと言われる。
今週のりきれば生存率は一気に70%まであがるとのこと。
おっしゃー!やったるで!逆さ吊りにしてくれぃ!
くらいの気分。ゴハンも寝ながらてづかみで食べるのにも
慣れてきて看護師さんにもほめられるほど。
でも、ラーメンの時は大変だった。
熱いし、汁を落として麺を口に運ぶ。
見られてはならぬ光景だった。


2005年4月21日<応援>

朝、左隣の人が回診後、緊急帝王切開することに。
妊娠中毒症らしかったが、母体があぶなくなったらしい。
いきなりの帝王切開を言い渡されてすすり泣きながら
「ホンマに?ホンマですか?!」と何度も聞いていた。
顔も知らないママだけど、
「ガンバレー!」と心の中で一生懸命応援した。

その時期、部屋は重症の妊婦さんばかりに
入れ替わっていて、何日か前にも夜中に
斜め前の人が悲鳴をあげたまま運ばれそのまま
帰ってこないという事件があったり、
張りが止まらず、うめき続ける人がいたりと
室内が緊張した雰囲気になっていた。
次は自分かもときっとみんな思っていたと思う。


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天さる

Author:天さる

23w2d618gの超低出生体重児を2005年4月出産。 子宮頚管無力症と診断されました。 未熟児疾患だいたい経験済。

子供の生きる力に驚かされます。

育児はさておき。お酒大好きー! ワイン・焼酎・日本酒など。
Gデザイナー・ネットショップ・企画制作の仕事しています。

↓ リンクです^^
http://ameblo.jp/noahnoor/
atelier NOAHNOOR


お気軽にメールください^^
必ずお返事いたします☆

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待望の第2子も授かり、
2008年10月、37週にて出産。

頚管無力症、子宮筋腫により、
寝たきりの安静妊婦生活を経て、
夢の正期産を果たしました。

現在、2人育児真っ最中です。

同じ悩みを持つ、ハイリスクママや超低出生体重児パパママのみなさん、情報交換しましょう!

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